「干支のヘビの話」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
- 1月21日
- 読了時間: 5分
更新日:3月23日
「いやあ、ヘビがいちばんむずかしいんですよ」
毎年干支の置物を送ってくれる陶芸家が言っていた。
12の動物のうちトラやウシ、タツは力みなぎる新年にふさわしい。かわいいウサギやネズミはおだやかで平和な気持ちになれる。ヘビは——、どちらのグループでもない。だいたい姿が決まっていない。のばせば長い棒状に、動けばくねくね、止まればとぐろを巻いたりする。どの形も作陶しづらいというか、焼き物だから鎌首をもたげたポーズだとポキッと折れるリスクも大きい。陶芸家泣かせなのだそうだ。
ヘビは12の動物のうちの真ん中、6番目にあたる。ね、うし、とら、う、と順番が決まったのは、説話によると、神様が「元日の朝、1番から12番目まで挨拶に来たものを1年交替で動物の大将にする」とお触れを出し、全国の動物たちが競争した結果だ。数え切れない動物の中で上位12に入るだけでもすごい。その強豪の中で6番目にゴールしたヘビは結構足(?)が速いわけだ。
この説話を知ったのは4、5才のころだ。私は子どものころよく風邪をひいたり扁桃腺が腫れたりして保育園を休んでいた。何日かぶりに登園すると運動場で遊んでいる仲間には入れず、ひとり教室で本を読んでいた。
本棚には「桃太郎」などの昔話やディズニーの「白雪姫」が並んでいたが、一番のお気に入りは「キンダーブック」だった。ペラッと薄い紙で 絵が凝っていた。普通の子ども向けの本より大人っぽかったような気がする。
干支の話は「キンダーブック」でマンガになって紹介されていた。動物たちが走って、先頭のウシがゴール寸前というところで、ネズミが牛の頭からぴょんと飛び降りてテープを切る。えーっと驚く他の動物たちの表情がおもしろかった。
なぜ覚えているかというと、父がウシ年で妹がネズミ年だったからだ。やっぱり妹らしいわ。お父さんにつかまって、最後にチャッカリ1番になるなんてね。体の弱い私と違って妹は健康優良児。元気で物怖じしない子だった。
私はトリ年で、10番目のゴールだ。サルとイヌの間なのは、レースの途中で2匹がけんかを始めてトリが仲裁に入ったのだという。世話好きなトリだ。
母がヘビ年だった。でもヘビが大の苦手。それなのに山道で草むらを這うヘビに気づくのはいつも母だった。「やだ、やだ」と嫌がるが、どうもヘビから好かれているようだった。
昔は、母の家の屋根裏にアオダイショウが住んでいたそうだ。山間の村の大きな家だ。
「天井で音がするのよ。なにかひきずるような、ズズッて——。それがね、座敷にドンっておっこちてきたことがあって。大きくてねえ」
母は、あーこわかったと身震いした。でも、ヘビは家の守り神。家族で大切にしていたという。
その母の実家で、私も小さなヘビなら何度も遭遇した。田舎の家のまわりは虫やヘビはあたりまえ、こわいということはなかった。シマヘビだろうか、シュルシュルとすぐ身を隠すのでじっくり観察したことはなかった。祖父から気をつけなさいと言われていたのは、毒ヘビのヤマカガシだ。派手な赤と黒の段だら模様だからすぐわかる。毒々しい色が妖しく美しかった。
鎌倉ではヘビを見たことがない。山側の谷戸のほうでは普通にいるらしい。私の家は海のそばだから来ないだろうと思っていたが、夫が見かけたそうだ。家の脇の玉砂利を金色っぽいヘビがすり抜けていったという。
「速いんだよ。あっという間だった」
なにかいいことがあるかも。ヘビは金運財運を運んでくれるというから、と待っているが今のところ御利益はない。

鎌倉近辺にはヘビに関する寺や神社がいくつもある。ヘビ年は、杉本寺の蛇塚や長谷寺の蛇苦止(じゃくし)堂、江の島の江島神社など参拝客が増えそうだ。
中でも銭洗い弁財天宇賀福神社は、若い人にも人気があるパワースポットだから大変な賑わいになるだろう。
銭洗い弁財天は、源頼朝が巳年の巳の月、巳の日に夢で老人(水神)からお告げを受けたことから社を建てたとされている。金運アップ、霊水でお金を洗うことに気をとられがちだが、御神体は人頭蛇身の水神だ。あちこちにヘビの置物が置いてある。石碑に描かれているのは、とぐろを巻いたヘビの上に弁財天の顔。ちょっと不気味ではある。
干支のヘビなら覚園寺の十二神将像が頭の上に載いている。本堂薬師堂の中、人の背丈ほどある12の像は迫力満点。薬師如来を守るように左右に6体ずつ、筋骨隆々すさまじい形相でにらみをきかせている。その頭の上にそれぞれの干支の動物が彫刻されているのだが、それほど強そうではなく意外にも親しみやすい表情だ。ヘビもコロンとまるっこい。
鎌倉で私のお気に入りのヘビは英勝寺にある。江戸時代に建立された鎌倉唯一の尼寺で、裏山の竹林が清々しい。さほど大きくない仏堂の軒下に、ぐるりと干支のレリーフが刻まれている。風雨にさらされ彩色はほとんど落ちているが、12の動物はどれもしなやかな線だ。尼寺らしくやさしい。
巳の方角、南南東の軒下にヘビはいる。ふっくらした体をくるりと巻いてエレガント。無心で気品がある。こういうヘビに出会ってみたい。
ヘビは「復活と再生の象徴」だという。新しい年、経済がまわって社会が豊かになるとうれしい。ちなみに2025年で強力な巳の月、巳の日は4月30日とか。もしかしたらなにかお告げがあるかもしれませんよ。蛇足ながら。