「鮮やかな新年」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
- 2024年1月10日
- 読了時間: 5分
更新日:3月22日
おせちの準備に大掃除、少しだけ断捨離もして。毎年のことながら年末は忙しい。ほっと落ち着くのは大晦日の午後になってからだ。
それほど頑張るわけではないが、「年の瀬」という言葉の切羽詰まった感じに追い立てられるように体を動かしたほうが、お正月のゆったりまったりした気分が際立ってくる。
鎌倉はお正月の準備に気合いが入る。引っ越してきて初めての年の瀬にうれしくなった。
クリスマス商戦が静かに過ぎて、町は26日から活気づく。お正月の食材や飾りが一斉に出回るのはどこでも変わらないが、昔ながらのお正月を迎える意気込みがある。和菓子屋で鏡餅を3合、5合、1升と各サイズで注文できる。立派な床の間に生けるような松や大輪の花が華やかに並んでいる。私にはとても新鮮だった。
玄関には何を飾ろうか。暮れも押し詰まってから、迷った。近所を気にして見ると、輪飾りを門の両脇にかけているお宅が多かった。細い松に藁の輪と紙垂だけのシンプルな飾り。真似をして、我が家も同じものにした。
そのしめ飾りやお花は、28日か30日に飾るということも鎌倉で知った。28日は末広がりで縁起がいい。29日は「二重苦」を連想するし、31日は「一夜限り」なので避けるのだそうだ。諸説あるようだが、これも近所の方から教えてもらった。
子どものころ親はきっとそうしていたのだろうが、長い間東京のマンション暮らしで仕事中心の生活を送ってきたせいか、日本の季節ごとのしきたりがおろそかになっている。
忘れていたことや日々の習わしをひとつひとつ鎌倉の地で学んでいる。
そうやって、鎌倉に移り住んで15年になる。
故郷は新潟県長岡市だ。今はだいぶ少なくなったが冬は雪がかなり降り積もる。
私が住んでいた地域では、大晦日の夜から新年にかけて「二年参り」をする風習があった。二年参りとは、いくつかの神社やお寺をお参りしながら年を越すことだ。
「紅白歌合戦」が終わるころ、オーバーを着て家を出る。その年のうちに近くの神社でお参りし、歩いてすぐのお寺でまたお参り。2、3カ所まわっているうちに新年を迎える。
真夜中でも必ず知り合いと出会うから、「おめでとうございます」「今年もよろしく」と白い息を吐きながら挨拶を交わすのも毎年のことだった。
それはそれは寒くて、吹雪のときは苦行のようだ。でも、何度も手を合わせて新年を迎えるのは清々しかったことを覚えている。
あれから何十年も過ぎた。今も、鎌倉で大晦日の真夜中に外に出てみたりする。
いつもの夜より家々の窓が明るい。道を歩く人のざわめきもあたたかい。
冷えた夜空のあちこちから除夜の鐘が聞こえてくる。たくさんのお寺が点在する鎌倉ならではのこと。近くのお寺からは力強く、遠く山の中からは風に乗ってかすかに……。
その音色も音の高さも、それぞれ異なっている。
煩悩もいろいろあって、鐘の音もいろいろだなあと、目を閉じ一年の終わりと始まりを耳で受け止める。
その年の煩悩を祓い清らかな心身で新年を迎えるための百八つの梵鐘の音。お坊さんだけでなく一般の人が除夜の鐘を打つお寺もあるので、もっと回数は多い。鎌倉中で何百という鐘の音が、町にしみわたるように響いていく。風情ある年越しだ。
お正月中は朝寝坊して何もせず過ごしたり、おもいっきり早起きして人の少ない八幡宮で初詣したり。おせちには鎌倉エビと鎌倉の茹でダコを添える。それに「のっぺい汁」も。さいの目に切った根菜類や銀杏などを貝柱の出汁で煮る故郷の郷土料理だ。昔はどの家も年末に大鍋にいっぱい作っていた。今はほんの少しだけ。夫も同じ新潟出身だから、地元と故郷、両方の料理で新年を過ごしている。
必ず出かけるのは浜辺だ。私にとって、これぞお正月という場所だ。

鎌倉のお正月はたいてい晴れている。坂の下海岸の空を彩っているのは凧だ。お正月にはやはり凧揚げがよく似合う。昔ながらのやっこ凧やアニメ柄、7枚も連なっている豪華な凧もある。カラフルな凧たちは自由に青空を舞っているようだ。子どもたちはしゃいで走り回り、凧の糸を操るお父さんは子どもより楽しそうに見える。犬を連れて散歩する家族に、新年初デートのふたり。ふらっと見物に来た私。みんなが空を見上げている。
浜には大漁旗を飾った漁船が勢揃いしている。こちらも目に染みる鮮やかさだ。豊漁と安全を祈願して毎年1月2日に行なう「舟おろし」。大勢の人が集まる中、船主さんが船からミカンやお菓子を海に向かって投げる行事だ。私は船おろしの賑わいに混じったことはないが、大漁旗はしばらく掲げてあるから、いつも楽しみにしている。船の名前とともに染め上げられた鯛や富士山、朝日に宝船。めでたい柄が誇らしそうに風にひるがえる様は壮観だ。
年が明けるたびに、どんな一年になるのだろうと思い、平和でありますようにと願う。
世界は紛争が続き、世の中も先が見えない。そして、私も——。若いころは根拠もなく「きっと何かいいことがある」と胸躍らせていた。そんなときめきがなつかしい。年齢を重ねるごとに新年の期待が薄くなっている。
でも、青空に遊ぶ凧や力強くはためく大漁旗をあおぎ見ていると、自然に笑顔になってくる。
新しい年に新しい風が吹き、心に希望を運んでくれる。