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「若布とか海苔とか」

更新日:3月23日

夏の湘南もいいけれど、暮らしてみて思うのは、冬がすばらしい。キリリと冷たい風に青い空。日差しは強く、海は澄んだエメラルド色に変わる。その向こうに真っ白な富士山が眺められるのだから、思わず深呼吸。遠くに住む友人たちには冬に遊びに来てよ、といつも言っている。


ダウンにマフラー、しっかり日焼け止めクリームを塗って海辺を散歩する。サーファーやランナー。はしゃぐ子どもたち。尻尾をふって波を追いかけるイヌ。寒くても浜は元気だ。


2月になるとあちこちで見られるのが若布(わかめ)干しだ。浜に組んだ大きな干し場で、細長い若布が潮風になびいている。


ああ、今年もはじまりましたね。そろそろ若布のしゃぶしゃぶの季節、と思わずにんまりする。沸かした鍋のお湯にヌメヌメした黒い海藻を浸したとたん、目の覚めるような緑色になる。この瞬間、わかっていても毎年感動する。新緑を思わせる色は、もうすぐ来る春を感じてときめいてくる。


今では見なれている若布干しだが、鎌倉に引っ越してきたときは、「なに?あれは!」とかなり驚いた。砂浜に巨大な洗濯物干し場(?)が出現し、ぶら下がっているのは無数のひらひら。袋入りの乾燥若布と塩蔵若布しか知らずに育った私だ。海の若布がどうやって食べ物になるか気にしたこともなかった。


いやあ、若布ってこんなに長いのね、採ったらすぐに湯がいて浜で干すのね、としげしげ眺めていた。


日本人の私でもそうなのだから、海外から訪れる人たちには珍しい光景なのだろう。若布干しをバックに写真を撮ったり、近づいて恐る恐るにおいを嗅いだりしているのを見かけた。 海藻ということはわかっても、食用のために乾燥して保存するなんて想像できないかもしれない。


眩しい日差し 青い海 浜辺の若布干し 
坂ノ下の若布干し。まぶしいほどの陽光で

私たちは味噌汁に酢の物、煮物にサラダと一年中口にしているが、世界では若布を食べる習慣のない人たちのほうが多い。海苔(のり)や鹿尾菜(ひじき)や水雲(もずく)もそう。


海苔は、お寿司ブームとなって以来外国の人たちも食べるようになったが、以前はアメリカやヨーロッパなどでブラックペーパーと呼ばれて不人気だった。味はしないし、口の中にへばりついて食べづらいのだそうだ。海苔が海藻だと知るとなおさらだ。顔をしかめられた。海藻は海の中で漂っている姿か、浜辺に打ち上げられ砂まみれになっている姿が思い浮かぶだけで、食卓に登場するなんて考えられないらしい。


一般的には若布は英語でシーウィード(海の雑草)。海苔もシーウィード。鹿尾菜も水雲もシーウィードの一種で、日本のように個別の名前で区別しないことが多い。海藻類は大きなくくりでひとまとめだ。


数年前、夫の友人のノルウェー人家族が遊びに来て葉山の海岸を案内した。ちょうど2月半ばで、やはり若布干しを珍しがっていた。たまたま潮が引いた岩場で地元の人たちだろうか、しゃがんで何かつまんでいた。石(あおさ)か岩海苔? 普段いろいろ食べている海藻なのに、海苔は種類がありすぎて私もわからない。


ノルウェー人の若夫婦と小さな女の子は、「岩に付いてるあれも食べるの〜?」とびっくりしていた。北欧の海の幸が豊かな国でも海藻を食べるとは限らないようだ。


食生活でなじみがなければそうだろうなと思う。でも、たこ焼きに青海苔をたっぷり振りかける小さな幸せ、水雲の酢の物が喉を通るときの快感、そんな喜びを知らないなんてお気の毒、ですよね。


先日、天然の手作り海苔を義父からいただいた。四角い全型の大きさだが、普段食べている黒い海苔とは別物だ。黒というより色あせた茶色。表面はでこぼこして、破れているというか隙間がたくさんある。薄く細かい海藻をすだれのようなものにていねいに並べて天日干ししたことが見てとれる。


作ったのは夫が生まれ育った新潟の柏崎に住むご夫婦だ。「番神(ばんじん)」の海で採った海苔だという。番神は日蓮聖人ゆかりの地。佐渡流罪を赦免された聖人が帰る途中、船が流されてたどり着いた岩礁だ。岬に建つ番神堂から眺める日本海は雄大で佐渡島が見える。


その荒海で育った海苔だ。さっと炙ったら、おおおっというくらい磯の香りが立ち上った。まずは何枚かに切って、お醤油をつけ炊きたてご飯と口の中へ。うわぁ、なんという香りと歯ごたえ。


ひとくち食べた夫が目を閉じ深く鼻から息を吸った。

「すごい、番神の潮の香りがする」

「えーっ、日本海とか柏崎のじゃなくて、そんなピンポイントの潮の香り?」

「そうだよ、わかるよ、子どものころ毎日泳いだ浜だから」

まさかぁ、と笑ったが、海のそばで育つとそういう嗅覚は研ぎ澄まされるのかもしれない。


海の風や磯の香りは地域で違う。海に囲まれた日本列島、それぞれの地域の潮のにおいがあって、海藻がある。昔の人たちは名前をつけ、工夫し調理してきた。寒天になる天草(てんぐさ)、最近スーパーフードとして見直された赤藻屑(あかもく)、肉厚の荒布(あらめ)。恵胡海苔(えごのり)は煮て固めると福岡では「おきゅうと」に、佐渡では「えご」になる。沖縄の太くて柔らかい水雲も、佐渡の細くてヌメリが強い水雲もどちらもおいしい。


ちょっと前に鎌倉の漁師さんから聞いた話。昭和の時代までは材木座で海苔の養殖が行われていたという。海に養殖の杭が打たれていて、浜ですだれを並べて干していたそうだ。


なぜ養殖しなくなったの?と聞いたら、海水温が2度くらい上がったから。温暖化のせいで海苔が採れなくなったらしい。


ということは、近年ますます海水温は上がっているから、若布も、もしかしたら……。


毎年山盛り食べている若布のしゃぶしゃぶが貴重なものになりつつあるのかもしれない。湘南の風物詩、若布干し。これからもずっと早春の浜を彩ってほしい。

星野知子が描いたカタツムリのイラスト

Maison d’un Limaçon

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