「暮らしのメロディで」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
- 2024年12月21日
- 読了時間: 4分
更新日:3月23日
うちの洗濯機は、スタートスイッチを押すとメロディが鳴る。モーツァルトの「ピアノソナタ ハ長調」。ドーミソ シードレド。出だしのワンフレーズだ。聞けば「あ、あれね」と誰でも知っていて、ピアノの練習曲でもある。明るくてテンポがいいから、メーカーは洗濯の気分にぴったりと選曲したのだろう。洗濯機を買った当初はスイッチを押すたびに大きな音がしてビクッとしたが、そのうち気にならなくなった。
先日、路地を歩いていたらこの曲が聞こえてきた。近くの家でピアノの練習中だ。瞬間、頭に浮かんだのはエプロン姿で洗濯機のスイッチを押している自分だった。
このソナタはピアノを習っていた子どものころに練習した。だから、ふと耳にすればピアノに向かっている自分がよみがえると思いきや、洗濯機のほうだったことに苦笑した。
音楽は、日々耳に慣れている記憶をよびさます。私の脳には、ピアノソナタ=洗濯機、とインプットされてしまったらしい。
音楽はそんなふうにさりげなく暮らしに溶け込んでいる。
やさしいメロディの「乙女の祈り」も、どこかで聞けば私はゴミ収集車を思い浮かべるだろう。収集日の午前中、オルゴールの音色で「乙女の祈り」がだんだん近づいてくる。あ、そろそろ家のそばまで来た、いつもご苦労様です、という日常だ。
夕方になると、スピーカーで「ゆうやけこやけ」が町中に流れる。音はあまりよくない。でも、これは市の定時試験放送で、いざというとき防災に役立たせるための試験だから音質とか音程を気にしてはいけない。
この夕方のチャイムは4月から9月までは5時で、今は4時半に鳴る。夏は夕方でも日差しが強いが、この時期になると「ゆうやけこやけ」が聞こえるときにはうす暗くなっている。同じ曲なのに、冬場は何倍もさびしく聞こえてくる。若いときに長年住んでいた東京の代官山でも、夕方は「ゆうやけこやけ」だった。そのころは黄昏どきにこの曲を耳にしてもなんとも思わなかったのに。
地域によって夕方のチャイムはさまざまらしい。「赤とんぼ」「ふるさと」「家路」など。子どものころ大声で歌った曲が、歳を重ねた今、夕暮れにしんみり心に沁みている。
さて、12月になると耳にするのがクリスマスソング。ラジオではもう11月の後半からクリスマスムードが濃くなってくる。デパートやスーパーのBGMもそうだ。

おなじみの「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」から、バブル全盛期のラブソングが季節限定で復活する。山下達郎の「クリスマスイブ」、ユーミンの「恋人はサンタクロース」。ワム!の「ラスト・クリスマス」。バブル崩壊後のマライヤ・キャリーの「恋人たちのクリスマス」もゴージャスに参入する。
明るく調子のいい曲は今年のラストスパート、クリスマス商戦を盛り上げているようだ。「さあ、クリスマスプレゼントを買わなくては」、「忘年会の予定を組まなくちゃ」。中には「なんとか恋人をつくりたい」とあせる若者もいるとか。
私はそんなクリスマスソングのBGMを耳にすると、若かりしころの華やいだ思い出が頭をよぎりながらも、現実的に今年の残り少ない日々を数えている。今年中にご挨拶をする方は——。そろそろ年賀状の準備をしなくては——。おせちはどうしよう——。年内に済ませなければならないことはたくさんある。
そして24日、シフォンケーキを焼いて、静かにクリスマスを過ごすのが恒例だ。BGMは、なぜかナット・キング・コールの「アンフォゲッタブル(忘れられない人)」。
12月の締めくくりは、やはり「第九」と「蛍の光」だ。
ベートーベンの「交響曲第九番」はいつどこで耳にしても、瞬時に大晦日の気分になる。これも脳にすりこまれていて、「歓喜の歌」の合唱がはじまれば姿勢を正して身がひきしまる。今年に別れを告げ新しい年へ向けてエネルギーを注入してもらえる。
「蛍の光」は卒業式で歌う学校が減っていると聞いた。歌詞の意味がわかりにくいらしい。今どき、蛍の光と窓の雪あかりで本を読むといっても実感はないだろう。私も「いつしかとしも すぎのとを」は「過ぎのと?」か「杉の戸?」か疑問に思わずに歌っていた。「すぎ」が掛詞と知ったのは大人になってから。でも、意味がわからなくても日本語の美しい響きは学びの最後にふさわしい。歌い継いでほしい曲だ。
閉店間際の店内放送で流れるのは「蛍の光」と決まっていたが、これも最近はどうなのだろう。あまり使われなくなっているかもしれないが、やはりこの曲でないと。
閉店の少し前に聞こえてくると、条件反射で早く買い物を済ませて店から出なくては、という気持ちになったものだ。でも、追い立てられるのではなく、ゆっくりとしたリズムで気分よくお店から送り出してくれる。
厳密にいえば閉店の曲の名前は「別れのワルツ」で3拍子。4拍子の「蛍の光」とは違う。原曲は同じスコットランド民謡だが、別のアレンジでできている。
ともあれ、「NHK紅白歌合戦」の最後は「蛍の光」の大合唱だ。お決まりのこの曲が流れると、いよいよこの1年ともお別れ。さまざまな思いが頭を巡る。これもお決まりだ。
今年も世界は紛争が続き、国内では大きな災害が多かった。
いつもの暮らしのメロディを耳にしながら1年を過ごせるのは平和の証かもしれない。
来年がよりよい年でありますように。