「ホタル」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
- 2024年7月10日
- 読了時間: 5分
更新日:3月23日
初めてホタルを見たのは、7、8才だった。鮮明に覚えている。
私が生まれ育ったのは新潟県長岡市の中心部で、1965年(昭和40年)ころの街中の川はホタルが住めるような環境ではなかった。
夏休みになると、毎年母方の実家でしばらく過ごした。市内から車で30分も走れば田んぼが広がる。祖父の家は山間にあり、近くに雪解け水を運ぶ川が流れていた。
私はひと夏で真っ黒に日焼けした。オニヤンマを追いかけ、目の前をすり抜ける蛇に足がすくみ、近所の子から笹笛の吹き方を教わった。
昔は暑くてもうちわで涼をとるくらいだったが、川に面した部屋は川風が入ってきて涼しかった。私はそこで昼寝をするのが好きだった。
夜も窓は開けっぱなしだった。座敷に布団を敷いて蚊帳を張って寝た。
布団に入ったものの、まだ妹とおしゃべりをしていると、ホタルが1匹、部屋に迷い込んできた。ぽーっと光って消え、またぽーっと光る。
「お母さぁん、お父さぁん、おじいちゃん、おばあちゃん、ホタルがきた!」
蚊帳から飛び出して叫んだ。
ダメだよ大きな声を出しちゃ、ホタルがびっくりするから。そう言われて廊下に出てみると、もう声も出なかった。
庭には数え切れないホタルが舞っていた。昼間遊び回っていた庭が別の世界に変わっている。ホタルの群れはなんだか楽しそうだった。夜の運動会、そう思った。
部屋に入ってきた1匹のホタルは蚊帳にとまっていた。本当にお尻が光っている……。息を止めて見つめた。そっと両手ですくうようにして庭に逃がしたのは、母だったか父だったか。迷いホタルはふわあっと仲間のところに飛んで行った。
それから祖父の家以外でホタルを見たことはなかった。次にホタルの大演舞を鑑賞したのは20年以上経ってから。地球の反対側、アマゾンのジャングルだった。
テレビ番組の仕事で1カ月半にわたってアマゾン川を遡り、ジャングルの奥地を旅した。最初は大型船で、川幅が狭くなるにつれ小さな船に乗り換えて、最後は5人乗りボートで先住民族の村を訪ねた。ほとんど裸の人たちは文明社会と接触せずジャングルの中で暮らしていた。スタッフと私は村のすぐそばの掘っ立て小屋で寝泊まりしていた。
雨期のジャングルの蒸し暑さは耐えがたい。汗と湿気で体も服も一日中じっとり湿っていた。
小さな村の外れに川が流れていて、村の人たちはそこで水浴びをするのが習慣だった。私も一緒に泳いだり遊んだりしていたが、夜、ひとりで川に入ることもあった。懐中電灯を照らして川岸まで行き、岸に作った筏から川に入る。夜でも恐くないのは、満天の星が瞬いていたからだ。空を蛇行する天の川は川面に映ってしゃらしゃら揺れていた。
ふと、対岸でちらつく白い光に気がついた。
ジャングルに星? 初めは何かわからなかったが、まさか……。点滅しながら飛び交う動きはホタルそのもの。筏につかまったまま呆然としているうちに光はみるみる増えて、大群となった。アマゾンのホタルは動きが早くてダイナミック、無数の星が踊っているようだ。
私は筏を離れ、川の真ん中まで泳いでいった。空と、川と、ジャングルが、白い光の粒で満たされていた。これ以上の幸せはない。私は時間の経つのも忘れて光を浴びていた。
それからさらに30年以上が過ぎて、今年、ホタルと出会えるチャンスがやってきた。
鎌倉にはきれいなせせらぎの小川が多い。時々「ホタルのために水を汚さないでください」、「エサのカワニナをとらないでください」といった手書きの立て札を見かける。人里離れた山の中ではなくて、普通に家が建ち並ぶ場所でホタルが生息しているのは驚きだ。家でホタル鑑賞ができるなんてうらやましい。ずっとそう思っていた。
去年、知り合いの家からもホタルを見られることがわかった。鎌倉に住みながらゲンジボタルを見ずしてどうする、と待ち望んでいたものだから、すぐに「お願いします」と頼んだのだった。
お誘いの連絡が入ったのはつい先日。
「滑川のホタルが出はじめました。今年は早いですね。見に来てください」
6月の初めにいそいそ出かけた。

若宮大路からそう離れていない東勝寺橋は、大正時代に架けられたコンクリートのアーチ橋で、その先に東勝寺跡がある。鎌倉幕府終焉の地だ。
橋からの眺めはミニチュアの渓谷のよう。生い茂る木々と水の流れに心が洗われる。
知り合いの家は橋を越えて少し歩いた川沿いにあった。
夕暮れ時、では一献かたむけながら暗くなるのを待って、とおいしいワインに楽しい会話でひとときを過ごした。
すっかり日が暮れて、ほろ酔い加減で窓を開けると川風がひんやり頬をなでて気持ちいい。そして、ベランダの手すり越しに、ぽつん、ぽつんと光るものが。光は木々の葉っぱに見え隠れしながら移動している。数は、そう、確認できるのは5匹から10匹くらいだろうか。ひそやかに飛んでいる。
鎌倉で初めて見るホタル。はかなげで美しく神秘的。ただじっと見つめていたかった。
帰り道、東勝寺橋の上で暗闇に目を凝らすと——、いた。1匹、2匹……、遠くの方にも何匹か。風になびくように舞い上がったり川を横切ったりしている。
ゲンジボタルが発光するのは4秒に1回なのだそうだ。人が深く呼吸するのと同じくらい。ゆっくりと光が灯って、ふっと消える。それがもの悲しくて、古人(いにしえびと)の魂のように見えてくる。
橋から坂道を行くと「腹切りやぐら」。東勝寺は北条一族が自刃した場所だ。700年近い年月を経て、浄化された魂がホタルとなって現れているのでは……。そんなふうに思うのは、私が歳を重ねたせいもあるだろう。これまでたくさんの「もの悲しさ」や「はかなさ」を経験してきたから、ホタルにさまざまな感情が投影されるのかもしれない。
次にホタルと出会うときは、どんな気持ちになるのだろうか。さて、次はいつだろう。