「お花見」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
- 2024年4月10日
- 読了時間: 5分
更新日:3月23日
できれば庭に桜が欲しいね。家を建てるときに話していたが、「桜は枝を広げるので相当広い土地がないと——」と庭の設計士さんにアドバイスされた。桜のためにも植えなくてよかった。
お向かいさんの桜の木を見ているとわかる。南向きの広い庭で、私たちが引っ越してきたときにはすでに大木だったが、それから15年経ってさらにひと回りもふた回りも成長した。
おおらかに四方に枝が伸びた分、年々花も華やかさを増している。うちの玄関を出ると、道を隔てて薄紅色のソメイヨシノが広がっているなんて最高だ。
出がけに旦那さんや奥さんに会うと毎年恒例の挨拶をかわす。
「今年も楽しませてもらってありがとうございます」
「いいえ、花びらが風でそちらにまで散ってすみません」
とんでもない。少しも気にならない。桜は咲いているときだけでなく、ハラハラと散っていく姿も、玄関前の石畳に無数の花びらが貼りついているのも、美しい。
お向かいさんの桜は、娘さんが生まれたときに植えたという。それから何十年も過ぎ、娘さんは結婚し、生まれた子どもさんたちもすっかり大きくなった。家族とともに年月を重ね、見事な花を咲かせる巨木は家をあたたかく見守っているようだ。
日本人だからだろうか。桜の花は説明できない感情が湧いてくる。思いっきり幸せにしてくれて、わけもなく胸が一杯になって……。毎年桜の咲いている時期は心がざわめいている。
日本を遠く離れて故郷を思うとき、やはり桜は特別の花なのだろうか。ずいぶん前、サイパンに行ったときに南洋桜という木を知った。島をタクシーで走っていると、運転手さんが「あれはね、南洋桜っていうんですよ」と指をさした。道に沿って何本も大木が並んでいる。どの木も真っ赤な花をびっしりつけていた。じっとり汗ばむ常夏の島、私には桜に似ているとは思えなかった。
木の名前は「火炎樹」(フレームツリー)。深紅の花は木が燃えているようにも見える。南洋桜といわれるようになったのは、戦前日本がサイパンを統治していた時代。移り住んだ日本の人たちがそう呼んだのだという。
サイパンでは一年中ハイビスカスやプルメリアが咲いている。太い幹に枝を広げた火炎樹が咲くのは四月頃からだ。季節感の少ない南の島で、春に咲く花を桜に重ねたのだろう。
「日本の人たちはね、あの木の下で宴会をしていたそうですよ」
お花見だ。日本流にゴザを敷いてお酒を飲んで歌って踊って……。そんな光景が目に浮かぶ。
昔は船で何日もかかった遠い島だ。気候も環境も異なった地で、家族を思い故郷を偲んでいたに違いない。賑やかでせつないお花見を想像すると、燃えるような赤い花を南洋桜と呼んだ気持ちがしんみりと胸に迫ってきた。
短い海外旅行でも、桜の花を見かけるとハッとする。春のほんのひととき咲いているだけだから、たまたま旅先で出会うとラッキーだ。ただ、ドイツやイタリアで見た桜は、なぜか心を揺さぶられなかった。石造りの町や山並みの違いだけだろうか。花に湿り気がなくさっぱり見える。それはそれできれいなのだが、なんだかものたりない。

3月の南フランスでも咲き始めた桜を見つけた。と思ったら、桜ではなかった。
地中海に近いエクス・アン・プロヴァンスの郊外。乾いた丘の上で大きな木が花をつけていた。薄紅色で桜によく似ている。駆け寄ってみると、おや、どこか違
う。花びらは5枚で花芯も可憐だ。でも——、花が枝にくっついて咲いていた。桜は花のひとつひとつに細い茎がついていて、風で花が震えるように揺れるはず。
桜ではなくアーモンドの木だという。あのアーモンド? おなじみのナッツがどんな花を咲かせるか考えたこともなかったが、桜と見間違うほどとは。サクランボとアーモンド。実になると似ても似つかないのに。自然界は不思議だ。
そのときは気づかなかったが、あとでゴッホの絵を思い出した。「花咲くアーモンドの木の枝」という作品だ。ゴッホの弟テオに子どもが生まれたとき、誕生祝いに描いてプレゼントした絵。明るい青緑色の背景に、花をつけたアーモンドの枝が伸びている。ゴッホの作品の中では清々しくて、眺めていると安らぎを覚える。
アーモンドの花言葉は「希望」、「永遠のやさしさ」だという。ゴッホをずっと支えたテオと誕生した子どもを祝福し、新しい生命の象徴としてアーモンドの絵を描いた。ゴッホの思いがあふれているようだ。春の訪れを告げるアーモンドの花。寒い冬が過ぎ、待っていた春をやさしい花で喜び希望を持つのはどこの国でも変わらない。
今年になって知ったのが、鎌倉が原種の桜だ。「桐ヶ谷(きりがや)」という名前で、由来は材木座の桐ヶ谷(きりがやつ)という地名。この桜が室町時代に足利尊氏によって京に運ばれ、御所の左近の桜として植えられたという。京の都では「鎌倉桜」と呼ばれていたそうだ。香りがよくて花が大きく、江戸時代には後水尾天皇がこの桜の前を通りかかったとき、御車をひき返らせて愛でたことから「御車(みぐるま)返し」という別名もある。なんとも雅だ。武士の都の桜が、京で公家の人たちの春を華やかに彩っていた。
鎌倉ではほとんど見られなかった「桐ヶ谷」は、数年前から鎌倉同人会などによって植樹が進んでいる。これまで植樹された場所は私のよく知っているところばかりだ。鎌倉文学館や鎌倉駅の西口広場、円覚寺や建長寺など。毎年桜の季節に素通りしていたのは悔やまれる。
「桐ヶ谷」の開花はソメイヨシノより少し遅いらしい。白い花びらの縁がうっすらピンクだそうだ。最近、そろそろつぼみが膨らんできているのではと、西口広場の時計台を通りかかるたびにチェックしている。植樹して数年だからまだ幹も枝も細い。元気に花を咲かせてほしい。今年は由緒ある鎌倉の小さな桜で、お花見をしたい。